黄金色の満月が登って、下りる。
対となるべき、白銀に輝く月はその姿を未だ、見せない。
「白き姉月ファレイス」、「金の妹月トレイス」…双子月の名を冠するそれらは、この星の衛星だ。
同じように真円を作る、同じ大きさの、しかしやや異なる軌道を描く双つの月達。
時に彼女らは双子月の名にふさわしく、よりそって登る。
そして、時に片方が新月となりその姿を消す―今宵のように。
そんな夜は、なぜか物悲しい風が吹くことが多いという。
まるで、そうすることで消えた半身を呼び戻そうとするかのように。
だから、その夜も風が吹いていた。町にも、森にも、海にも等しくそれは疾り抜けた。
草原――いや、荒野と呼ぶ方がふさわしいだろう。
枯れた茶色の草と、ところどころにあるやはり枯れた木々。ぽかり、と浮いた月。
さめざめと輝く星。ビロードのようになめらかに、黒い空。
およそ、生命の気配というものが希薄なそこに。
少女はいた。
神に祈りを捧げる敬虔な信者そのままの雰囲気をその身に纏って。
やや下げられた頤。軽く閉じた瞳。胸の前で組み合わさった両手。まっすぐにのばされた背。
ざあっと乾いた音とともに、長く伸ばした今宵の月と同じ色の髪と、白く裾の長い服が踊る。
まるで、完成された1枚の絵のように微動だにせずぴたり、とそこにあった。
夜の闇が濃い群青となり、藍色になり、様々な青がかわるがわる現れる。
そこに東雲色や薄いオレンジやピンク…透明な、明るい色たちが太陽に先駆け、密やかに顔をのぞかせる。
1日が始まる前の、柔らかな光の洪水とともに、ようやく彼女は動いた。
…とはいってもその瞳を開き、固く結んでいた両手をわずかに緩めただけであったが。
あるいは彫像かと思えるほど長くそうしていたとは信じられないように滑らかに。
長い間閉ざされ、封じ込められていた光がようやく自己を主張する権利を得て、碧く、輝く。
少女はそれを――自らの手のひらにのる小さな光を――じ、と見つめた。
――それはかつて、彼女のものだった。
彼女が、正統なその持ち主たる彼女が、「彼」にそれを手渡したのだ。
2度と逢えないことを予測していたのかもしれないし、
幼くそれ故に無知であった彼女なりのお詫びであったのかもしれない。
いずれにせよ、それから後再会することはなかった。
無論忘れてなどいなかったけれど、日々に流され記憶のすみに押しやってしまっていた。
…それは思い出すと、辛くなるせいだったかもしれないけれど。
そして、幾年月かが過ぎ。
「彼」は、死んだと、この世から消えたのだと、聞いた。
それ自体は仕方がない、と思えた。
純然と世界に在るルールを、解かる程度には、少女は大人になっていた。
けれど、彼女と「彼」を結んでいた――と少なくとも少女は思っていた――それが他人の元にある。
それだけは、どうしても我慢ならなかった。
次の瞬間には、少女は飛び出していた。自分のいるべき場所から。
――やっと、戻ってきた。
陽光をひときわ強く、碧く弾いて輝くそれをもう1度抱きしめる。
風が疾る。さざなみのように草が鳴る。
つられるように、顔を上げた。
…少女は微笑んでいた。ひどく透明に、純粋に。ただ、微笑っていた。
その場に誰かが居合わせたなら、間違いなく不思議に思ったであろう。
その笑みは彼女の容姿からすれば、奇妙に子供じみていた。
いっそ、狂気さえ感じられる程に。
次第に明るさを増していく天空の下、手の中の光に似た透明で綺麗な笑みを見せて。
少女はいつまでもそこにいた。誰に知られることもなく。
消え逝く夜闇と、月の光に名残を惜しむように、ただ風だけが吹き抜ける。
chapter.2