the 12th story

□罰□


 どれを罪と呼ぶのだろう。
 神など居ないと誹ることなのか。
 真意すら判らぬ神に縋ることなのか。





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 一先ずの了承を得て、アディエラは詰めていた息をようやく吐いた。 内心、追い返される可能性を考えずにはいられなかったのだから。
 タナシアは文句なく信頼できる魔術師だから、ユイリエスを導いてくれるだろう。 未だ未知数である彼女の魔力を引き出すなり…或いは封印するなりして、 とにかく、彼女に害が及ばないように取り計らってくれるはず。

 危険な状態に陥った際に魔術に疎い自身やロデでは話にならない。
 少なくとも、タナシアが最悪だけは防いでくれるだろう。



 安堵のあまり緩む気持ちを、アディエラは引き締めなおした。
 2つ目の本題を切り出さねばならない。
「――ところで…最近、御公務がお忙しい様ですね。
 お身体はお変わりありませんか?」
 唐突な話題の変換に、ロデは額の皺を解いてアディエラを見つめた。
 亡き妻とはあまり似ていない美貌が僅かに緊張している。 ただの世間話とは思えず、彼は誤魔化す様に空いたグラスに酒を注いだ。
「今年の冬も寒いとのことですから…」
「…私は変わりない。若い頃から健康だけが取り柄だからな。
 もちろん、ユイリエスも健康そのものだ」
 器用に右目を閉じる。これが様になる中年というのも珍しい。
「そうですか。安心致しました。…お仕事の方は?」
「相変わらず忙しいが、致し方あるまい。領主としての義務だ」
 遠回しすぎて核心が掴めない会話。
 言葉自体は今日の天気を問う程のものなのに、やけに白々しい雰囲気が流れる。 互いにその胡散臭さを感じる様な。


 アディエラは無意識の内にテーブルに手を伸ばした。琥珀色に揺れる液体を舐め、小さく咽る。
「…――今年の、収穫量はっ、酷く少ないと、  聞いておりま、す…がっ」
「アディエラ!すまない、酒はダメだったな。失念していた」
「いいえっ…お気遣いなく。もう、大丈夫です」
 実際、アルコールの勢いでもなければ話は進まない様な気さえする。 それでも服の裾で唇を拭い、絶対に『飲む』ことだけはすまい、と心に誓うアディエラだった。
 神子としてと言うよりは個人の趣向で禁酒を掲げる自分には、舐めるだけでも相当キツイ。
「それで、質問については」
「あ、あぁ。こう冬が長くては、な…。作物が育たない」
 冬が終わるのが遅く、冬が早く始まる年。凍てついた大地ではまともに耕作はできないし、 雪が積もれば収穫はままならない。そんな風に去年も、一昨年も、その前の年も過ぎた。
 領内で採れる上質な玉…その加工物を輸出し、得た外貨でルピアとアルメニ、 更に南方の大国からも食料を輸入せざるを得ない状況。しかし重なる異常気象に喘ぐのは何処も同じと見えて、 そう簡単にはいかない上、無茶苦茶に高い。
 緊急事態に備えて蓄えられた穀物を切り崩し、この冬をどうにかして凌がなければならない。


 今日もアルメニの役人との会談だったし、明日も続きだ。
 そう語ったロデの顔は領民に好かれる穏やかだが力強くもある領主の顔だった。 少しの疲れも見せないのは彼の矜持だろう。
「――お義兄様」
 緊張と先程摂取したアルコールの所為で上気した頬を俯かせる。
 意味もなく、姉が彼を紹介した時の記憶が浮かんだ。
 立派な風格の領主は成人したばかりの姉とは年が離れすぎではないか、と心配して。 けれど一分の迷いも見せない彼の態度に感嘆したものだった。
 それからずっと、今でも彼の表情は変わらないように見えるのに、自分の表情は何と違うことだろう。 あの時は確か、怪訝そうな、けれど平和そのものの顔をしていた様に思う。

 それでも口元を微笑らしき形に仕立て上げたのは、 人々を導くためには如何なる時も冷静であらねばならないと自らを律しようとする…神子のクセの様なもの。

 頬と口元に矛盾する表情を浮かべて、 けれど結局前者の方が強く目に付くことはアディエラには分かっていなかった。

 ただ、切り出した以上は話を進めなければ。その義務感が口を開かせ、
「――…」
 どう話し出せば良いのだろう。話術など、学んだことは勿論、ない。
「…」
「――……」
 先を促したりはせず、ただ待つロデはアディエラの用件を既に予想している様にも見えた。


 もう一口、いやもう一舐めだけ酒を含み、意を決して視線を上げる。
「王がお義兄様を疑っておいでです」
 言ってから直球過ぎたか、と後悔したがもう遅い。
「謀反の疑いがある、と」

「お義兄様が王の政に不満を抱えている、と」

「――そして自領で秘密裏に兵力を集めている、と」

「諮問委員会は証拠がない以上、お義兄様を弾劾することはないと、公表しました」

 『――身内ならば口も軽くなろう、探れ』
 豪華な布張りの、椅子と呼ぶにはおこがましい玉座から睥睨する王。 民が飢える寸前だと言うのに、その右手で輝く葡萄の粒を弄んでいた。
 遠い南の土地から運ばれたそれを買ったお金で、どれだけ麦が買えるかも分からない。


 視線を上げた先、キュリオロッテ領の主は、この国の主の在り様とはあまりに違った。
「……、本当、ですか?」
 乾いた口が発した言葉がやや不明瞭に響く。


「君が突然訪ねて来た理由は、それかね」
 問いかけの形の確認。違う、と言いたかったが思い直す。違わない。
 王の言葉通りに、姉が選んだ人を調べにきたのだ。アディエラは震える拳を強く握った。
「嘆かわしいことだな。この、キュリオロッテの忠誠をお疑いとは」
 ことなげにそれだけ告げる。本当に残念そうに。
「王に伝えて欲しい。キュリオロッテは国家第一の貴方の忠臣だと」
「けれど、お義兄様は王に――」
「王は此度の不作をご存知ない様――伯爵領に課せられた税は重く、これでは領民に負担がかかる。
 お諌めできるのは真の忠臣だけではないかね?」
 どこまでもさらり、と言い切って穏やかに微笑む。
 それだけの、たったそれだけの行動でアディエラはこの話はもう打ち切られたのだと感じた。


 あとはもう、他愛のない雑談をし、最後に冬中キュリオロッテ領に滞在すること、 そしてタナシアがユイリエスに魔術の基本を教えること、 明日からは領内のリヴェラ神殿に宿泊する旨だけを伝え、アディエラは部屋のドアに向かった。
 握ったノブは金属特有の冷たさで、何故か落ち着いた。思った以上にパニックに陥っていた自分を自覚する。

「お義兄様――」
「何かね?」
 背中にかけられた声音の暖かさは、ずっと変わらないのに。
「神を信じますか?」
「神など居ないよ。…神子の君に言うべき言葉ではないがね」
「では、信じられるのは?」
「現実だけだ」



「罪深いですね」
「そうかもしれないな。おやすみ、アディエラ」
「お休みなさい」





 バタン、と閉めたばかりの扉にもたれかかって、アディエラは祈る様に両手を胸に当てた。
 現実を見るばかりの、優しい、穏やかな領主は。
 罪と知りつつ、行動を起こすのだろうか。
 王が神ではない、けれどその施政は神から託されたもの。 そんな上辺だけの理屈など、彼にとっては塵ほどの意味もないのか。





 やっぱり、完全に負けだ。
 明白な真意を聞かせてもらうことも、まして決め付けて責めることすらできなくて――。
 煮え切らない自分。胸に登る熱い塊。


 アディエラは灯りの落とされた静かな廊下に、微かな嗚咽を落とした。



02.秘めごと