□夢における『彼』と現実における『彼』の価値観の違い□




 しゃらしゃら、と。
 星が降る。
 月明かりに白く映える大地を埋め尽くして、星屑がうずたかく積もる。
 …視界を埋めていく。
 恐ろしいほどに、ただ綺麗に。


 ――あぁ、これは。
 まるで『雪』のようだ。
 いや、違う。
『雪』は、こんな、光の粒ではないし。
 なによりそれは冷たいもののはず。
 ――全てを凍らせる、死の接吻のように。  こんなに暖かで、同時に心騒がせるものではないはず。



 浮ついた思考に身を委ねながら、ただ空から降る光の大小に目を奪われていると。
 ――「寒いね。」
 ふと、横に何かが寄り添ってきた。
 とたん、びくり、と身体が震えた。
 それは、怒りや…もしかしたら憎しみ、と言われる類のものが原因で。

 ――せっかく、浸っていたのに。この壮麗な、星々に。
 眼を向けるまでもない。
 右腕に重りをかけてくるモノは…。


 奇妙に(とても不愉快なカンジに)しめっていて、
 肌にまとわりつく、不快な暖かさを有していて、
 ゴムのような、張り付く質感に全体を包まれていて、
 内部(なか)に赤黒いどろどろした汚物を詰め込んでいる、

 

――そして、とてもいとおしい…?――

 我慢出来ないほどに、イヤなモノなのだ。
 それが、横にいるなど冗談ではない。
 邪魔、だと極普通に思う。

 ならば、することはたった一つで、それはこの上なく簡単なこと。
 そのイヤなモノの、一番弱い部位に手をかけて、
 すこぉし、力を加えるだけで。
 …。ほら、ね。それは縊ることができる。



 奇妙に(とても不愉快なカンジに)しめっていたそれは、水分を失ってかさかさに乾くだろう。
 肌にまとわりつく、不快な暖かさは、失われて冷えていくだろう。
 全体を包むゴムのような質感は、弾力をなくして堅くなるだろう。
 内部(なか)詰め込まれている赤黒いどろどろした汚物は、ただの黒い塊になるだろう。



 どさ。
 鈍い音をたてて、それは崩れ落ちる。
 右腕が軽くなり、星屑の温かさを、再び直接そこに感じるようになった。

 月明かりに白く映える大地を埋め尽くして、星屑がうずたかく積もる。
 恐ろしいほどに、ただ綺麗に。

 なんて簡単なこと。
 耐え切れずに口元から漏れた笑みは、やがて破裂して大きな笑い声が辺りに響く。


 座り込んだ地面。
 空から注ぐ光の雫。
 大気を染める白い吐息。
 ひとつの影とその横に転がる黒い物体。


 月明かりに白く映える大地を埋め尽くして、星屑がうずたかく積もる。
 恐ろしいほどに、ただ綺麗に。



 『彼』その瞳に、涙の膜が張っていたことは彼自身には預かり知らぬこと。
 それは、『彼』を誤認させる。現(うつつ)を夢へと。
 けれど、彼はそれを識らない。
 なぜなら、『彼』はそこに居ることを望んでいたから。
 現(うつつ)と夢の境目をたゆたうことを。…いや、夢へと身を置くことを。
 際限なく自らを苛む現実を、完全に否定するためだけに『彼』の瞳は水の衣を纏っていた。


 けれど、夢の世界とて…現実と何が違うというのだろう。
 『彼』にとっての、夢の世界は、ただ現実世界とは真逆であっただけで、本質的には変わらぬのだ。
 …そこに在るものは。




 『夢』の中の光の粒――『現(うつつ)』の上での雪。
 絶望的に冷たいその粒は、暖かさを含んだ優しい美しい煌きに。
 では、『夢』の中のいやなモノは、現(うつつ)では…?
 『彼』がその手で縊った、それは。


 …それは………。